◆バケツプリンをつくろう!◆
-Let's make the bucket pudding!- |
◆プロローグ◆ 黄昏のコーダ |
皆さんは子供の頃、巨大なプリンを食べてみたいと思ったことはないだろうか。 腹いっぱい好きなだけ食べてみたいと思ったことはないだろうか。 そんな子供の頃の夢を実現すべく今回立ち上げる企画、それが『バケツプリンをつくろう!』である。 『ジャイアンシチューをつくろう!』、『タクアンガムをつくろう!』に続く『つくろうシリーズ』の第3弾だ。 7年越しのシリーズ再開。かつて友人達と起こした企画は2回とも失敗に終わった憂き目もあり、 初成功に向けて否が応にも気合が入るというものである。筆者は早速と企画書の作成に取り掛かった。 なお、そのかつての友人達は皆結婚や昇進をして幸せな日々を過ごしているそうなので今回は独りで執り行うことにする。 |
◆MISSION1◆ 拭い去れぬ不安 |
今回の企画は独りでやろうとしていたのだが、うっかり同期のS氏に口を滑らせてしまったところなんと 自分もやると言い出したのでメンバーに加えた。社会人にもなってこんないい加減な企画に自ら足を 突っ込もうとするなんてよほどの馬鹿かと思ったが、間接的に自分を貶める事になるので言わないでおいた。 『2Lは楽勝に食える!』という彼の言葉を鵜呑みにし、4Lのプリンを作ることに決定。 まずは必要な器具・材料について書き出した。 筆者は一番下に記載した言葉をまるで呪文のように何度も心の中で繰り返し唱え、無理矢理に士気を高めた。 |
◆MISSION2◆ 背水の陣 |
信じられないくらい乗り気になっていたS氏に主催の座を譲り、過去の失敗の歴史から他人を巻き込むことに やや後ろめたさを感じていた筆者は企画・立案・会計係として材料費を全額負担することにした。 一番の問題であった調理場の確保だが、我々が住む独身寮の厨房を借りることができないか駄目元で 交渉してみた結果、意外なことに快く貸してくれることになったので開催へ向けた全ての障害は取り払われた。 しかも調理師さんが参加してくれるというおまけつきである。絶対に失敗できないという思いが強まったと 同時にこれでもう後には引けなくなったことを強く自覚した。誰も止めることのないまま着々と準備は整っていったのである。 |
◆MISSION3◆ 狂気への道標 |
いよいよ企画決行当日を迎えた。筆者は原因不明の頭痛、S氏は昨晩2時まで飲み会に参加して二日酔い というあからさまなバッドコンディション。『もうやめようか』という言葉が咽まで出掛かったが、 わざわざ調理師さんを待たせてしまっているためそういうわけにはいかないと思いなおし黙々と材料を搬入した。 整然と並べられた材料。 筆者『あ、寒天買うの忘れた。』 S氏『食感がおかしくなるから要らないだろ?』 軟らかいプリンが底面積当たりの荷重の大きさに耐えられず崩壊することを懸念して固さを増すために寒天を 入れるつもりだったのだが、頭痛の酷さのために思考力が鈍っていた筆者はその意見をそのまま受け入れた。 筆者『あ、トッピング忘れた。』 S氏『買ってきたのがキャラメルミルクプリンだから要らないだろ?』 カラメルがあるか云々ではなく、画一的で変化がない味が続いては途中で飽きてしまうだろうからトッピングを かけるつもりだったのだが、頭痛の酷さのために思考力が鈍っていた筆者はその意見をそのまま受け入れた。 調理師さん『ところでこのマリオカートは何ですか。』 筆者『もうプリンなんかやめてこれで遊びたいと思っt・・・』 頭痛の酷さのために思考力が鈍っていた筆者は危うく本音を吐露するところであったが、 とっさに『プリンを冷やす間の時間潰し』という言い訳を思いついて事なきを得ることが出来た。 |
◆MISSION4◆ 黒尽くめの迷い子 |
バケツは多少余裕を見て8L容量のものを購入した。こうして見ると大きい。大きいので試しに頭に被ってみた。 バケツを被って視界を失い彷徨う筆者(24歳)。 唐突に『マリオとワリオ』ごっこを始める筆者(24歳)だったが、誰もゴールまで誘導してくれようとしないので 大人しく自分でバケツを外して綺麗に洗った。今のは無かったことにしていよいよ巨大プリン作成に取り掛かる。 |
◆MISSION5◆ 捨てられた兎たち |
まずはプリンの素11袋(44個分)を鍋底に敷き詰めていく。 袋を開けた際に舞い散る粉に筆者がムセている間もS氏と調理師さんの手によって手早く作業は進められた。 次の牛乳2リットルを投入する工程では牛乳パックの口を逆から開けようとしていた筆者を尻目に阿吽の呼吸で どんどん牛乳を流し込んでいく2人。写真撮影をはじめた頃には筆者はすっかり蚊帳の外に置かれていた。 所在がなくなってしまった筆者は、同じように打ち捨てられたプリンの素の空き箱をそっと眺めるほか無かった。 |
◆MISSION6◆ 黄色い悪魔の近似式 |
空き箱を眺めているうちに気付いた事実がある。プリン1個分あたりのエネルギーは119kcalだというのだ。 ということは今鍋の中にあるプリンのエネルギーは119×44=5,236kcalという計算になり、 20代成人男性の一日あたりのカロリー必要摂取量である2,650kcalと比較するとこれは約2倍の量にあたる。 これを2人で食べるということはつまり、一人当たり一日分のエネルギーをプリンのみで賄うという事を意味するのだ。 今更ながらに『2Lは楽勝に食える!』というS氏の発言に疑義を抱き始めるが、時は既に遅すぎた。 プリン液汁を満たされた哀れなアルミ鍋は今まさに断罪の炎に掛けられようとしていたのである。 |
◆MISSION7◆ ケミカル魔女裁判 |
熱せられたプリン液汁の温度が上昇するにつれ、厨房一面に甘い匂いが広がっていく。 思わず胸焼けを起こしそうな甘さだが、ここが我慢のしどころだと自らに言い聞かせて作業を続行した。(S氏が) 何故こんなにも楽しそうなのだろうか。 満面の笑みで鍋をかき混ぜるS氏。 まるで怪しい薬を作る魔女のようである。 一体何が彼の心をここまでかき立てるのであろうか。 時折、『ねるねるねるねは、ヘッヘッヘッヘッヘッヘッ』という声が聞こえてきたような気もしたが、 あまりにも似合いすぎて突っ込むのを躊躇われたのであえて黙殺しておいた。 |
◆MISSION8◆ 聖者の妄信 |
写真撮影以外に実働していない筆者に気付いたS氏に糾弾されてやむなく鍋をかき回す作業を交代する。 沸騰したプリン液汁が吐き出す芳気は一段とその濃度を増しており、拒絶反応を示した体内からは今にも 胃酸が逆流しそうである。ここで鍋に吐捨してしまえば全てが終わるかなあと一瞬考えたのは内緒だ。 プリンの素が全て溶けたところで残りの牛乳2リットルを投入し、さらに掻き混ぜていく。 強烈な芳気や熱気にあてられて頭痛が酷く悪化し作業が雑になっていた筆者は時折素手で鍋の縁に触れて 火傷を負ったりしていたが、その犠牲に応えるかのように綺麗なキャラメル色に輝くプリン液汁が出来上がった。 |
◆MISSION9◆ 鰯の頭も信心から |
残す工程も冷却を残すのみとなり、ついに今回の主役であるバケツの出番がやってきた。 まだ熱いままのプリン液汁を一斉にバケツへ流し込んでいく・・・。 ドボドボという汚い音。ブツブツと吹きだす泡。入れ物はバケツ。 どう贔屓目に見ても汚物の処理にしか見えない光景であるが、完成形はあくまでプリン。 ここまで牛乳とプリンの素を混ぜて煮るだけの非常に簡単な手順だし、配合率も間違えてはいない筈だ。 大丈夫、大丈夫なのである。嫌な予感なんて過ぎっていないのである。『しんじるこころ』が大切なのである。 |
◆MISSION10◆ 波打ち際の攻防 |
筆者はここである一計を案じていた。 『2Lは楽勝に食える!』というS氏の発言は、現状を鑑みるにかなり疑わしいものである。 如何にして完食を果たすか、その方策を考え出さねばならなかった。 灰色の脳細胞を総動員して導き出された結論。 それこそが『おすそわけ作戦』である。 要するに自分達だけでは食べられないだろうから他の人にも食べてもらおうという姑息極まりない作戦なのだ。 幸い、参加者の中には調理師さんというお裾分けをするには絶好の標的がいる。 このような愚かな催しに協力してくれた礼として約1リットルを贈呈することで筆者の取り分は大幅に減った。 調理師さんは喜んでくれていたが、一番喜んでいたのは筆者だったであろうことは想像に難くない。 |
◆MISSION11◆ 灼熱冷凍地獄 |
我々のような独り暮らしの男衆はバケツを収められるような大きい冷蔵庫を持ち合わせてはいない。 故に、厨房の巨大冷蔵庫の一角を間借りすることで交渉は纏まっていた。 冷却効果を高めるためにボウルに氷水を入れ、その中にバケツを浸けた上で冷蔵庫へ入れる。 後はただ冷え固まるのを待つだけという算段だ。 それにしても、ボウルごとバケツを収納できてしまうとはなんと大きな冷蔵庫であろうか。 初めて見たが、寮生の食事の材料が全て冷蔵されている様は圧巻としか言い様がない。 まだ高温のプリン液汁を一緒に入れることでその食材が傷んでしまわないかどうか心配だったが、 この厨房を取り仕切る調理師さんが率先して作業していたので筆者は何も聞かずただ見守ることに徹した。 |
◆MISSION12◆ 電脳四輪競戯 |
談話室の一角にて『マリオカートWii』に興じる筆者とS氏。 プリン液汁がプリン固形物に状態変化すなわち凝固するまでの時間潰しとして2時間前に衝動買いしたものだ。 少しばかり腕に覚えのある筆者は『対戦で負けたほうがプリンを多く食べる』というまたしても 姑息な提案を持ちかけるも、S氏は『そんなことしなくても俺が余分に食べるから』という寛大な返事。 約7年の付き合いがあるが、これほどまでにS氏を頼もしく思ったことはかつてない。 S氏の侠気に深く感動した筆者だが、そのあと対戦でS氏を圧倒。 どっちにしろS氏が余分に食べる運命だったと気付いたので別にどうでもよくなった。 |
◆MISSION13◆ 希望という名の墓標 |
我々は少々焦っていた。S氏は数時間後には実家へ戻らねばならない事情があったのだ。 筆者は特に焦っていた。もしも完成が間に合わなければ3リットルのプリンを独りで食べる羽目になるからだ。 焦燥感を抑えるために『マリオカートWii』でS氏をボコボコに痛めつけること3時間。 出来具合を確認するために冷蔵庫を開けると、そこには表面が良く冷え固まったプリンがあった。 調理師さんも『もう完成したと思う』と言ってくれたので、思いの丈を込めてバケツをひっくり返した。 |
◆MISSION14◆ バケツプリン創世記 |
ノアの大洪水後の世界。この時点では人々は同じ1つの言葉を話していた。 東の地シンアルの人々は煉瓦とアスファルトを用いて天空にも達するような塔を建設し、 名声をなして各地に散るのを免れようと考えた。 この行為は『産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ』という神の言葉に反するもの。 怒った神は言葉が同じであるからこのような行為に出るのだと考え、 塔に雷を落として崩壊させ、さらに人々に違う言葉を話させるようにした。 こうして共同作業は不可能となり、人々は世界各地へ散っていったのである。 過ぎたる行いは神罰を以って罪と為す。 人間は何故同じ過ちを繰り返すのだろうか。 2008年4月19日17時38分、斯くしてバベルの塔は再び崩壊した。 |
◆MISSION15◆ 待てば甘露の日和あり |
我々の希望を乗せたバケツプリンは刹那にして壊破した。 いや、壊破という言い方は適切ではないかもしれない。 なぜならこのバケツプリン、外周は別として内部が全く固まっておらず液状のままだったのだ。 液状の部分はまだほんのりと熱を帯びており、冷却時間の不足が容易に推定できた。 バケツ裏返しを担当したS氏も『そういえばバケツの底が暖かかった』と言う。 『気付いたんだったら先に言えよ!』と思ったが、この惨劇を目の当たりにしてはそのような気力は 雀の涙ほども残されておらず、筆者はただ新種の黄色いクリーチャーの処遇に喘ぐことしかできなかった。 |
◆MISSION16◆ 崩れたプリンとくずおれた男たち |
見た目の悲惨さにやや惑わされてしまったが、形が崩れたとはいえプリンであることに違いはない。 味も普通のプリンと何ら変らないはずだ。気を取り直して2人で3リットルのプリンを食べ始める。 ・・・意外と美味しい。 甘すぎることもなく、食べやすい出来上がりになっている。 これなら半分は無理としても1リットル位なら食べられそうだ。 悪食で鳴らすS氏の『2Lは楽勝に食える!』発言も満更嘘ではなかったのかもしれない。 そんなS氏の進捗具合はどうだろうと後ろを振り返ると・・・。 テーブルに突っ伏して何事かを唸っていた。 『もう食べられない』と言う声が聞こえてきたがきっとこれは寝言であろう。全く以って豪気な男である。 |
◆MISSION17◆ 超兵器R1号 |
S氏はスプーン3杯ほどで体調を崩してトイレへと駆け込んだ。 スプーン3杯といえば普通サイズのプリンにも満たない量である。 本人曰く、『昨日の酒が今頃効いて来た』とのことだが、そんな戯言に耳を貸すつもりはない。 『2リットル云々の発言は忘れてやるからとにかく食えるだけ食え!』とS氏を焚きつけてみるが、 冷や汗をかくばかりで全く食が進まない。終いには体が震えるとまで言い出したのでここで完全に見切りをつけ、 一人で食べ進めることに決めた。血を吐きながら続ける悲しいマラソンが今始まった。 |
◆MISSION18◆ 遙か遠い夢の残滓 |
少しずつ頑張って食べ進めてはいるものの、味が画一的なためどうしても飽きが来る。 『トッピングは要らない』発言をしたS氏を今更ながら恨めしく思うが、 畳に寝転がってピクリとも動かなくなった彼を責めても状況は変わらない。 味は良いので我慢して食べていくのだが、時間が経つにつれ固まりきれなかったプリン液汁の エキスが凝縮されて表面に集まり始め、伴ってプリンの味が薄くなっていくのを感じた。 そのプリン液汁を一口掬って飲んでみるとこれが喉が灼けるかと思うほどのとんでもない甘さだったので 途端に食欲をなくしてしまい、これにて筆者も敢え無く撃沈したのだった。 |
◆MISSION19◆ 福音の終末 |
これ以上バケツプリンを食すのは無理である。 打ちひしがれる我々は力なく後片付けという名の最後の仕事に取り掛かる。 バベルの塔が崩壊する前までは食べ切れなかった場合には再度『おすそわけ作戦』を 実行に移すことを想定していたが、この有様ではそれも適わない。 S氏はトイレに流す案を強行に主張したが、仮にも食物を汚物扱いすることを嫌忌した筆者がそれを拒否。 調理師さんを加えて喧喧囂囂の議論の末に出された結論。 それは『生ゴミとして捨てる』という非常に素直なものであった。 しかし、いざゴミ袋に入れてみるとどうしても汚物にしか見えなかったのでこれならトイレに流すのと大差ないと思った。 |
◆エピローグ◆ 迎えるべくは贖罪の日 |
あれから2週間が過ぎた。 しばらくは胃の不調を訴える日々が続いたがやがて完治した。 S氏は解散した直後におにぎりを食べていたらしいので今度会ったらどつこうと思う。 ともあれ我々は元通りの平穏な日々を取り戻していた。 そんなある日、調理師さんが筆者の元へ現れた。 『おすそわけ作戦』に用いたタッパー(×3個)をわざわざ返しに来てくれたのだ。 世話になったのはこちらの方なので恐縮しているところ、調理師さんは予想外の一言を放った。 調理師さん『こないだは惜しかったね、今度はいつやるの?』 筆者『え・・・、夏くらい、ですかね・・・。』 すっかり油断していたところに唐突に浴びせられた質問。 動揺した筆者はついうっかりと心にもない返事をしてしまったのだ。 調理師さん『じゃあ楽しみにしてるよ〜♪』 斯くして『第2回バケツプリンをつくろう!』の開催が決定した。 運命の歯車はその狂いを抱えたまま、ゆっくりと廻り続けていたのである。 |