◆ジャイアンシチューをつくろう!◆


◆プロローグ◆ 遥かなる狂想曲

「ジャイアンシチュー」。

それはかの有名な練馬のガキ大将ジャイアンこと剛田武が考案しこの世に生み出した、

史上最劣悪な料理と呼ぶにもおこがましい料理のことである。

去る高校3年生の学園祭の準備中、 我々有志5人はこのジャイアンシチューを実際に作る

プロジェクトを立ち上げた。

勿論発案はこの私である。

冗談で言ってみたら何故か本当に作ることになってしまった。

「口は災いの元」という言葉を身をもって知った。

ちなみにそのジャイアンシチュー、材料はというと・・・



@ひき肉
Aタクアン
Bイカの塩辛
Cジャム
Dにぼし
E大福
Fそのほかいろいろ



である。

常人の発想ではなかなか閃かない、想像しただけで吐き気をもよおしかねない奇妙奇天烈な組合せだ。

さすがはジャイアンである。最も彼の事だから作りながら材料を決めていったのに違いないが。

我々はまず、 このジャイアンシチューをまともに食べられるようにしようと決めた。

これは、ジャイアンへの挑戦である。


◆MISSION1◆ ファースト・コンタクト

材料の中ににぼしを見つけた。

このにぼし、ジャイアンのことだからもしかしてそのまま具として使ったのではないかとも考えたが、

そんなものは食べたくないのでここは思い切ってダシをとることにした。

ブイヨンベースならぬニボシベースだ。

こんな言葉が誕生してしまう あたり今回のプロジェクトの恐ろしさがうかがえる。

というか、ここまでは味噌汁と何ら変わらない作りかたなので、ダシ汁と呼ぶべきなのだろうが

完成形はあくまでシチュー。

いい匂いが 部屋中に漂うが油断してはいけない。

残された材料達がそう告げていた。




◆MISSION2◆ 禁じられた遊び

にぼしは単体では予想以上の働きをした。

できることならこのまま味噌汁を作って現状を誤魔化したかったが現実は厳しかった。

我々は具としてまずひき肉を選んだ。この中では一番無難そうだからである。

ちなみに牛7・豚3の黄金比率の合い挽き肉だ。

できる限り美味いものをつくるためにとった苦肉の策だった。

しかし、ジャイアンシチューに潜む魔物は これをあざ笑った。

ひき肉から大量のアクが出てきたのだ。「絶対ジャイアンはアク取りなんかしない!!」と力説する

ただ一人本物指向の学級委員長の意見を民主主義的多数決で平和的にあっさりと却下し、

アク取りにいそしんだ。


◆MISSION3◆ 常闇の使者

特に理由があったわけではないが、ジャムはイチゴジャムを用意していた。それをここで投入することにした。

他の材料があまりにも嫌過ぎるからである。だが、いざ投入、というときになって誰かが閃いた。

「大福のあんとまぜたらどうだろうか!?」早速採用した。

苺大福の例もあり、苺とあんの取り合わせは何となくいけそうな気がしたからだ。

なにしろこのジャイアンシチュー、完成したら暁にはみんなで食べさせられる事になっていたので必死にもなる。

クラスの心は今、一つにまとまった。あんはゴテゴテしていたので包丁でペースト状にのばして。

これは最後にルウを入れるときに一緒にいれる作戦にきりかえた。


◆MISSION4◆ 嵐の前の静けさ

大福の皮は細かくして入れた。その方が目立たなかろうと判断したのだが・・・5分後、皮は溶けた。

鍋の中が白く染まった。これはこれでシチューに見えなくも無いか?・・・やはり見えない。

もはや闇鍋の様相を示しつつあるこのジャイアンシチュー。大福についていたゴマが

水中から逃げるようにプカプカ浮かんで水面をのたうちまわるさまが痛々しい。

しかし、本番はこれからだ。なにしろ我々の前にはあの「タクアン」「イカの塩辛」という二大巨頭が

立ちふさがっているのだから。


◆MISSION5◆ 誰が為に

タクアンは細かくさいの目切りにしてみた。

そこはかとなくコーンのように見えなくも無いような気がしてきたから不思議だ。

すでに我々の感覚は麻痺しはじめているということが容易に判断できる。

いっそのことミキサーにかけて粉々にしようかとも考えたがミキサーが再起不能になりそうなのでやめた。

鍋に投入すると、灰色に近いクリーム色をしていたはずの液体がみるみるうちに黄ばんでいった。

それと同時に、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。意外と匂いはそれほどでもないのがせめてもの救いか。


◆MISSION6◆ 暗黒帝王降臨

さて、ついにこの時がやってきた。どんじりにひかえしイカの塩辛の出番である。

これを入れたら取り返しのつかなくなるのは目に見えている。だが、ここで退くわけにはいかない。

ビンを開封したところとても生臭かったので煮る前に炒めることにした。

イカの塩辛を炒めるなど当然試した事が無いのでとてつもなく不安だったが。

数十秒後、イカは高熱にさらされてちりちりになってしまった。

見た目はかなりまずそうだが生臭さがわずかながら緩和された気がするのでそのまま入れるよりは

幾分ましかと思われた。

それを意を決して鍋に入れた。すると。みるみるうちに鮮やかな紫色に変化していくではないか。

辺りの空気がまるで生ゴミのような臭いで満たされていく。

我々はイカの塩辛の負の力に心底怯えた。

ジャイアンよ・・・君はこんなものを平気で作ったっていうのか。


◆MISSION7◆ 未知との遭遇

とりあえず予定ではここでルウを「そのほかいろいろ」に見立てて鍋に入れる事で一応の完成を

みるはずだったが、方針転換を余儀なくされてしまった。

なにしろこんな生臭い鍋はいまだかつて見た事が無い。このままでは死人が出るかもしれない。

なるべくシチューに近づけるためにジャガイモ、人参、玉ねぎも入れる事に決めた。

隠し味にショウガも用意した。生臭さをとるための懸命の措置だった。

野菜をコンソメを加えて炒め、ショウガをすりおろす。それを鍋に入れ、

最後にルウと牛乳とイチゴジャムとあんを混ぜたものを同時に入れた。

さて、結果やいかに。


◆MISSION8◆ 死亡遊戯

全ては終わった。いかなる手段をもってしてもイカの塩辛に太刀打ちすることは出来なかった。

ショウガもコンソメもあの生臭さを消す事はおろか緩和することさえまかりならず、

イチゴジャムに至ってはなんと塩辛にフルーティーな匂いを植えつけてしまう結果となった。

これでいっそう生ゴミに近づいた。火に油を注ぐのと同義である。

彼らのアイデンティティーはここに崩壊したといえよう。

混沌の紫に濁った鍋、浮沈を繰り返す正体不明の具、そして炎天下の生ゴミの匂い。

我々はここでようやく悟った。ジャイアンに立ち向かう事の愚かさを・・・。


◆MISSION9◆ ビードロの玉が弾けるように

ジャイアンシチューを盛りつける間、誰一人言葉を発する者はいなかった。

重苦しい雰囲気が辺りを支配する。それはそうであろう。

これからこのなんとも形容しがたいきたない料理を食べなければならないのだから。

委員長に従い合掌、そして「いただきます」。めいめいにゆっくりと口にスプーンを運んでいく。

手が震えている者さえいた。鼻腔をくすぐるしょっぱい苺の香り。「ねろねろ」とした食感。

飲み込んだらいつまでも口の中に残る塩辛の匂い。脳髄に物凄い衝撃を覚えた。

その衝撃たるや偏頭痛を引き起こすほどであった。


◆MISSION10◆ 暁の破壊者

ひき肉は火を通しすぎたようで固かったが味が染みていなかったためなんとか食えた。

イカの塩辛もイカ自体は最低レベルではあるが食えないこともないこともないこともない。(?)

問題はタクアンだ。この鍋に凝縮された汁を存分に吸い込んでいるために口の中に入れると汁が流れ出し、

ジャイアンシチューの全てをいかんなく味わわせることに成功している。

甘くてしょっぱくて渋くて苦い。

それらが躊躇なく殺し合い築かれた死体の山と言ってもまだ言い足りないほどの地獄の不味さ。

こんなに不味いタクアンはおそらく人類史上初ではないだろうか。

タクアン和尚様、不肖な私めをどうぞお許し下さい。


◆エピローグ◆ 果てなき理想郷

大量にあまったジャイアンシチューの処分に困ったので近所の野良犬にあげようとしたら

吠えながら逃げていった。

やはり生ゴミじみた臭いが気に召さなかったようだ。新鮮な材料ばかり使っているというのに。

結局生ゴミ臭いので生ゴミとして捨てた。誰にも気づかれなかった。

鍋についた臭いはいくら洗っても落ちなかったのでこの鍋を提供してくれた女子が嘆いていた。

ひたすら謝った。食券を2枚渡したら許してくれた。

僕達はこの日の事を決して忘れない。(無理矢理な終わらせかた)