◆【リライト版】ジャイアンシチューをつくろう！◆


◆PROLOGUE◆　練馬狂想曲

『ジャイアンシチュー』。

それはかの有名な練馬のガキ大将ジャイアンこと剛田武が考案しこの世に生み出した、

人類史上最劣悪な料理と呼ぶのもおこがましい如何物料理のことである。

去る2001年の学園祭の準備中、 我々有志5人はこのジャイアンシチューを実際に作るプロジェクトを立ち上げた。

発案したのは何を隠そうこの筆者である。『口は災いの元』。『後悔先に立たず』。昔の人は良い事を言うと後に思った。



ちなみにそのジャイアンシチュー、材料はというと・・・




@ひき肉
Aタクアン
B塩辛
Cジャム
D煮干
E大福
Fそのほかいろいろ



以上の6品目＋αである。

常人の発想ではなかなか思いつかない、想像しただけで吐き気をもよおしかねない奇想天外な組合せに、彼の思考回路が

常にショート寸前だということが一目で窺える。我々はまず、 このジャイアンシチューをまともに食べられるようにしようと決めた。

これはジャイアンへの挑戦である。


◆CHAPTER1◆　天知る神知る我知る子知る

我々は基本6種の材料の中からまず煮干に着目した。

この煮干、ジャイアンのことだからもしかしてそのまま具として使ったのではないかと考えたのだ。

だが、当然そんなものは食べたくないのでここは正攻法に舵を切ってダシを取ってみることに決めた。

原作に製法が全く書かれていないことを逆手に取り、『美味しい』ジャイアンシチューを追求するのが我々の姿勢であり使命。

楽しい学園祭を陰惨なものにすることを誰も望んではおらず、それ故に見物人から発せられるプレッシャーは異常に大きく重い。

煮込むうちに煮干の上品な良い匂いが調理室いっぱいに漂い出し、見物人から安堵の声も囁かれはじめるが油断はできない。

完成形はあくまでシチュー。残された材料を前に、 これから先の工程が全く見えていないことを我々5人だけが知っていた。


◆CHAPTER2◆　禁じられた遊び

煮干で取ったダシが予想以上に美味しそうだったため、このまま味噌汁でも作って終わりにしようかとも考えたが現実は厳しく、

我々は見物人の好奇の目に晒され踊らされながらジャイアンシチューと運命を共にするほかに道はない。

決意した我々は新たな材料として挽き肉を選んだ。この中では一番シチューに向いていて無難そうに思えたのだ。

ちなみに用意していたのは牛７：豚３の黄金比率の国内産合い挽き肉だ。（参考文献：ミスター味っ子第4巻）

できる限り美味しいものを作るために講じた苦肉の策だったのだが、ジャイアンシチューに潜む魔物はこれを嘲笑った。

挽き肉から大量のアクが出てきたのだ。慌てふためく我々をよそに『ジャイアンは絶対にアク取りなんかしない！！』と力説する

ただ一人本物指向の学級委員長の意見を民主主義的多数決で平和的にあっさりと却下し、 速やかにアク取りにいそしんだ。


◆CHAPTER3◆　薄氷の上の石地蔵

何か特別な理由があったわけではないが、ジャムはイチゴジャムを用意していた。それをここで投入することに決めた。

他の材料があまりにも嫌過ぎるからである。こんなに無策でいいのかと不安になるも良案は見つからず、

仕方なくそのまま使おうと容器を開けたところでギャラリーからこの閉塞した空気を打破する一声が上がった。



「大福の餡子と混ぜれば苺大福っぽくなっていけるんじゃないか？」



その発言の主は通称『ガル』。我々の属する科では言わずと知れた料理名人である。


◆CHAPTER4◆　汝自身を知らざれば即ちこれ亡者なり

ガル氏は美食家であり、その美食が高じて自らも料理を嗜むようになったのだという。

また、食堂の大盛カレーライス5杯をたった30分で平らげた伝説を持つ大食漢でもあり、そんな彼はふくよかで且つふとましい

アンコ型の体型をしていた。それゆえに（？）餡子に対する造詣は深く、その彼の提言を拒むものなどこの場にいるはずもない。

ガル氏という強い味方を得た我々は大いに士気が上がり、早速大福を割って餡子を取り出し包丁でペースト状に延ばした。

それをイチゴジャムと混ぜ練り込んだものを味見してみると、これが大変美味なのである。流石はガル氏！と思ったが、

当のガル氏は延々と味見を続けていて材料がなくなってしまいそうになったので早々にお引取り願うことにした。


◆CHAPTER5◆羊の皮を被った狼の業

この出来上がったジャム餡は最後にルウを入れるときに一緒に入れることとし、とりあえず残った大福の皮の処遇を考える。

とは言っても具にする以外の選択肢はなく、存在感を出すために再度捏ね合わせて団子に戻して鍋に入れることにした。

･･･5分後、皮は全て鍋に溶けた。スープが白く染まった。

これはこれでシチューに見えなくも無いかと考えたが、やはりシチューのクリームがかった白さとは明らかに異質のものであり、

何よりも食欲を掻き立てないという点ではこちらに大きく分がある。 もはや闇鍋の様相を示しつつあるこのジャイアンシチュー、

大福についていたゴマが 水中から逃げるようにプカプカ浮かんで水面をのたうちまわるさまが痛々しく憐れを誘う。

しかし、本番はこれからだ。なにしろ我々の前にはあの「タクアン」「イカの塩辛」という二大巨頭が立ちふさがっているのだから。


◆CHAPTER6◆　知恵の埋蔵量を知らしめよ

『汝、タクアン煮るなかれ』とはかの聖書による言葉であるが（大嘘）、この場合は煮ることが前提であるために苦悩させられる。

眉間に皺を寄せて煩悶する我々に救いの手を差し伸べたのは、またもあのふとましいガル氏であった。



『福井や石川だとタクアンを煮て食うのは当たり前だ。だから悩まずにやれ！』



なんと、北陸地方では伝統的にタクアンを煮て作る料理が多数存在するのだという。にわかには信じ難い話だが、

ここは実績のあるガル氏の発言。全てを信じてタクアンをさいの目切りにして鍋に入れた。ぐつぐつとタクアンが煮えていく。



『まあ、向こうじゃきちんと塩抜きしてから煮るんだけどな。』



全てを信じた結果がこのざまである。ガル氏にはきついお灸をすえねばなるまい。とりあえず帰ってしまわないように拿捕した。


◆CHAPTER7◆隔絶された病

さいの目切りにされたタクアンがそこはかとなくコーンのように見えてきた我々の感覚は既に麻痺し始めていたのだろう。

灰色に近いクリーム色をしていたはずの液体がみるみるうちに黄ばんでいく光景は我々の意識を遠のかせていった。

我々はジャイアンシチューと間違えて魔女の秘薬を作ってしまったのではないか？そんな考えも頭をよぎった。

ぐるぐると鍋で掻き混ぜられているものと一緒に記憶と体が溶かされてしまいそうに思えた。



−−「う、うわああああっ！！」−−



耳を劈く叫び声が聞こえ、何者かが調理室を飛び出した。その声と後ろ姿から察するに当事者は「ダル」という男に違いない。


◆CHAPTER8◆　イカロス墜ちる

彼は学校に来る時はいつもサンダルだった。それが「ダル」という仇名の由来となっていた。

雨の日も、風の日も、体育祭の時も、修学旅行の時でさえ、雪の日でなければダル氏はいつもサンダルを履いていたものだ。

またダル氏は健脚が大の自慢で、特に長距離走ではサンダル履きというハンデを背負いながらも陸上部に所属していた

筆者を凌ぐ走力の持ち主であり、その道に進んでいれば間違いなく大成していたであろうことは想像に難くない。

そんなダル氏が逃げ出したのだから、誰も追いつくことはできない。ただ夕日に向かって走り去るダル氏を見送るしかなかった。

しかし、ジャイアンシチューの禍々しくも圧倒的な瘴気にあてられて発狂してしまったダル氏を誰が責めることができよう。

我々はダル氏が抜けた穴を、ガル氏を正式にメンバーに加えることで補填することにした。どうせ名前も似てることだ。


◆CHAPTER9◆　常闇の使者

さて、ついにこの時がやってきた。どんじりに控えしイカの塩辛の出番である。

このイカの塩辛は、いわばジャイアンシチューに処された最後の封印。今の不完全な状態でも人を発狂させる力があると

いうのに、イカの塩辛を入れて真の力を解き放ったら完全に取り返しがつかなくなるのは火を見るよりも明らかだ。

そこで我々も出来る限りの抵抗を試みることにした。まず、生臭さが際立つ塩辛を煮る前にフライパンで炒める。

こうすれば生臭さが消えて旨味が際立つというガル氏の知恵だ。数十秒後、イカは高熱にさらされてちりちりになった。

見た目はかなり不快だが、確かに生臭さがわずかながら緩和されたように思える。そのまま入れるよりは 幾分ましであろう。


◆CHAPTER10◆　怪しい隣人

みるみるうちに鮮やかな紫色に変化していく鍋の中。同調するように辺りの空気が生ゴミのような臭いで満たされていく。

我々はイカの塩辛の負の力に心底怯えた。 ジャイアンよ・・・君はこんなものを平気で作ったっていうのか。

当初の予定では最後にルウを「そのほかいろいろ」に見立てて鍋に入れる事で一応の完成を みるはずだったが、

その構想は脆くも崩れ去ってしまった。なにしろこんな生臭い鍋はいまだかつて見た事がない。

このままでは死人が出るかもしれない。そう考えた我々は新たな策を講じることにしたのだが、 ここでひとつ困った事があった。

別の材料を調達しようにもここからは店が遠いのである。こうしている間にも生ゴミの臭いは絶え間なく放出され続けており、

ご近所に保健所を呼ばれてしまうまで一刻の猶予もないというのに効果的な手が打てない焦燥感に我々は駆られていた。


◆CHAPTER11◆　忘れられた男

『待たせたな皆の衆！俺が！帰ってきたぞ！！』



調理室の扉を豪快に開けて入ってきたのは、我々の仲間でありいつの間にか姿を消していたS藤氏だった。

S藤氏は何か袋を抱えていた。中身はジャガイモ、人参、玉葱、生姜、コンソメ。まっとうなシチューの材料ばかりだ。

そう、S藤氏はこうなることを見越してシチューの材料を買い足しに行っていたのだ。なんという先見性であろうか。

さすが我々の属する科で1,2を争う成績を誇る男である。これならジャイアンに勝てるかもしれない。かすかな希望が見えてきた。


◆CHAPTER12◆寄せ引く波はふいごのように

『ジャイアンは自宅の雑貨屋にあるものを適当にぶち込んだに違いないんだ！コンソメなんて洒落たものがあるわけないだろ！』



この期に及んでただ一人本物指向の学級委員長の意見を民主主義的多数決で平和的にあっさりと却下しつつ簀巻きにして

ロッカーに押し込め、野菜を炒めていくことにする。ここで活躍したのが我々5人衆の最後のカードである○山氏であった。

実に鮮やかな手つきで次々と下拵えをこなしていく。コンソメが加えられると実に良い香りが周囲に漂いだした。

本当にこれだけ食べて帰っても良いんじゃないかと思うほどに素晴らしい野菜炒めだ。どうしてこんな芸当が出来るのだろう。



『ほら、俺の家は焼鳥屋だから。』



フライパン捌きとどう関係あるのか全く分からないが、この不思議さが女生徒を引き付けてやまない○山氏の魅力なのであろう。


◆CHAPTER13◆永劫に旬の来ない果実

満を持し、再度生臭鍋に立ち向かう時が来た。

我々の希望の全てを託し、炒めた野菜・すりおろした生姜・ルウ・牛乳・ジャム餡をほぼ同時に投入する。







そして、全ては終わった。


◆CHAPTER14◆　無明からの解脱

我々の考え得るイカなる手段をもってしても、イカの塩辛に太刀打ちすることは敵わなかった。

希望の星であったはずの生姜やコンソメもあの強烈な生臭さを打ち消す事はおろか緩和することさえまかりならず、

イチゴジャムに至ってはよりによって塩辛にフルーティーな匂いを植えつけてしまう結果となってしまった。

『生ゴミのようなもの』から『真性の生ゴミ』へと確かな変貌を遂げた瞬間だ。

混沌の紫に濁った鍋。浮沈を繰り返す正体不明の具。そして炎天下の生ゴミの匂い。

我々はここでようやく悟った。ジャイアンに立ち向かう事の愚かさを・・・。


◆CHAPTER15◆鈍色に溶けるあぶく

ジャイアンシチューを皿に盛りつける間、誰一人言葉を発する者はいなかった。

重苦しい雰囲気が辺りを支配する。しかし、それは当然と言えた。

これからこのR-18G指定を受けても不思議ではない汚い料理を食べなければならないのだから。

生乾きの雑巾にまみれたロッカーから開放された委員長に従い合掌、そして「いただきます」。

めいめいにゆっくりと口にスプーンを運んでいく。 中には手が震えている者さえいた。

鼻腔をくすぐるしょっぱい苺の香り。「ねろねろ」とした食感。 飲み込んだらいつまでも口の中に残る塩辛の臭い。

これらが脳髄に与えるダメージは計り知れず、やがて筆者は偏頭痛を引き起こし、倒れた。


◆CHAPTER16◆　大地はずっと白い

『ンムッ！？この味･･･！これは料理ではない！！毒だ！！致死量の毒だ！！なぜこの材料を煮たもので目が沁みるんだ！！

煮すぎたひき肉とイカに歯応えがありすぎて「食べている」感が否応なく出ているのも最悪だ！！それら自体に味がなくなって

いることも不快感を倍増させる！！それよりも何よりも最も危険なのはこのタクアンだ！！生臭鍋に凝縮された生臭汁を

これでもかとばかりに吸収して肥大化したタクアンは噛むと同時に大量の汁を放出し、ジャイアンシチューの全てを不必要な

くらい無闇に味わわせることに成功している！これは、これは、これは、不味いぞおおおおおおーーーーーっっ！！！！！！』



さも美食家っぽい御託を断末魔に最後の砦ガル氏も倒れた。調理室にはジャイアンシチューに屈した死体の山が転がっていた。


◆CHAPTER17◆　紅色の花を踏み歩く女王のアリア

我々は負けた。完膚なきまでに負けた。

一人倒れ、二人倒れ、最後には不沈戦艦ガル氏までもがジャイアンシチューの圧倒的な力の前に敗れ去った。

学級委員長は白目をむいてうわごとを呟き、S藤氏は慣れない運動をしたせいで筋肉痛でこむら返り、

○山氏は一心不乱にコンロで焼鳥を焼き、ガル氏の黄金の舌は麻痺し、ダル氏はとうとう帰ってこなかった。

全ては我等が泡沫の夢。暴力を振るうことにかけては無敵を誇るジャイアンに勝とうと思ったことがそもそもの間違いだったのだ。

そう、これは味の暴力だ。暴力的な男が本能のままに作ったものが料理であるはずはない。もっと早く気がつくべきだったのに。


◆CHAPTER18◆　聞こえぬ晩餐の祈り

『いや、俺たちはジャイアンに負けてなどいない！』



正気に返ったらしい学級委員長が立ち上がり叫ぶ。



『ジャイアンシチューを考え出したのはジャイアンではない！F先生だ！偉大なるF先生に負けたのなら本望だ！！

F先生バンザーーイ！バンザーイ！バンザーイ！！』



大変だ！委員長が・・・委員長がもうダメだ！！


◆EPILOGUE◆　輝く雲 織り成す虹

大量に残ったジャイアンシチューの処分に困り果てた末、近所の野良犬にあげようとしたら吠えながら逃げていった。

普段はゴミ捨て場の生ゴミを主食にするカラスでさえ、決してジャイアンシチュー入りの袋を襲うことはなかった。

また、ジャイアンシチューの残した傷跡は予想外に深く、どんな洗剤を使っても鍋についた生臭さを消すことができずに

この鍋をわざわざ自宅から持ってきて貸してくれたいたいけな女生徒ひとりを泣かせることになってしまった。

我々はひたすらに謝り、最後には食券2枚で示談した。 資金源が○山氏の焼いた焼鳥の売り上げであるということは秘密だ。

全てをなかったことにしたい我々は重い気分を振り払うように自転車を繰り、競争した。ダル氏を追うように夕日へと向かって･･･。



そして翌日、家庭科の先生に調理室を勝手に使った罪を問われた我々は学園祭中ずっと店番するという刑を課されたのである。



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